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球場開き―神宮第二球場

野球の歴史は言ってみればその試合を行う野球場の歴史でも、ある。
その野球場の記念すべき球場開きである開幕戦の試合をシリーズにして時々紹介。

◆明治神宮第二球場
・・1926年(大正15年)明治神宮相撲場として開設され、大相撲の興行
にも使用された場所が明治神宮第二球場として改築されることになった
(野球場に改築される前はバレーボール・コートがあったという説もある)。
そして1961年(昭和36年)1月に着工し、4月19日竣工。球場が
できあがったその日の午後2時に早速記念すべき球場開きの試合が行われた。
対戦したのは来日中のハワイ朝日軍と東芝。
完成した新球場は両翼91.4メートルの中堅109.7メートル
で観客席はネット裏のコンクリートスタンドが900人、外野の芝生席は
1万人とそれほど規模は大きくない。また本塁からネット裏までの距離が短い
のも特徴だ。

ハワイ朝日軍
000 100 010 =2
020 000 11X =4
東芝
【ハ】三村、星野―神谷
【東】西本、森、吉富―松岡

明治神宮第二球場はその後増築へ経て現在の形になった。右翼側のゴルフ練習場
も最初の頃はなかったと思われる。なお、現在の球場は『ウィキペディア
(Wikipedia)』によれば両翼91メートル、中堅116メートルとある。
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豪腕対あぶさんの息子

水島新司氏の漫画「あぶさん」の主人公でホークス一筋、62歳の現役選手で
ある景浦安武選手が引退することになった。酒豪の強打者も年には勝てなかった
のか、今季は2軍で開幕を迎え、漫画の中で今季かぎりでの現役引退を表明した。
あぶさんは引退するが、漫画雑誌「ビッグコミックオリジナル」での連載は
引退後も継続される模様。
なお、あぶさんの長男である景虎も豪腕のプロ野球選手(投手)である。

1987年(昭和62年)夏の甲子園予選佐賀県大会の3回戦で佐賀工と佐賀西
が対戦した。佐賀工は本格派右腕の江口孝義投手を擁するチームで、一方の
佐賀西も好投手の永淵義規投手がいる。永淵投手は元プロ野球選手である
永淵洋三氏の長男だ。
永淵洋三氏は「あぶさん」のモデル(の1人)となった人物で、近鉄時代、69年
に首位打者をとったこともあるバッターだ。さらにプロ野球界の伝説、といわれる
ほどの酒豪だったという。
で、この試合では義規投手の佐賀西が江口投手率いる優勝候補の佐賀工と息詰
まる投手戦を展開した。試合は0-1サヨナラで惜しくも敗れたが、6回まで1人
の走者も出さないナイスピッチング。こののち甲子園に出場し”大会NO.1右腕”
と評されるほどの江口投手を相手に互角に投げあった。
この活躍ぶりに「さすがあぶさんの息子」とスタンドのファンも納得。

なお、「あぶさん」という名前は本名(安武)の音読みとアルコール度数の非常
に高いリキュール「アブサン」に由来するらしい。

東大マウンドの夢叶える

2000年(平成12年)4月9日、東京六大学野球春季リーグ戦の東大VS立大
の試合(神宮)で東大の二番手投手として加治佐平投手が登板、東大マウンドの
夢を叶えた。
加治佐投手は鹿児島ラサール高校から1年浪人して98年に早大に入学、野球部
に入部した。だが、志望した東大への進学を諦めきれず、99年に受験し直して
見事東大に合格した。そして野球部に入部。だが東京六大学連盟に野球部員登録
を申請したものの却下されてしまったのだ。
加治佐投手は早大の野球部員として一度連盟に登録されたため、他の大学で選手
登録をするということは連盟で禁止されている「選手引き抜き」にあたるという
理由からだ。
だが、そもそも加治佐投手は勉強で東大に入ったわけだから、連盟規約にある
引き抜きとは到底解釈することはできない。
そういうこともあって登録許可を求める声が高まり、その結果2000年1月
になって特例として登録許可が認められることになったのだ。

4月8日、東京六大学リーグ開幕戦の立大戦にて加治佐投手はベンチ入りを
果たし、東大の選手としてあこがれの神宮球場の芝を踏みしめたのだった。
そして翌9日に初登板を果たした。

立大
002 040 031 =10
000 000 000 =0
東大
【立】持永
【東】井上、加治佐、梅下

加治佐は5回に大声援に送られる中マウンドに立った。結果は55球、3イニング
を投げ3安打3失点と決してよい結果ではないが、内容としては充実した投球
だったようだ。東大デビューを果たした加治佐は「本当にうれしかった」と涙。

春の九州大会

現在開幕中の春の大会が盛り上がっている。
春季九州地区大会では九州国際大付が決勝で選抜にも出場した興南を延長サヨ
ナラで降し初優勝を決めた。九州国際大付は大会初戦で選抜優勝校である清峰
にコールドの大差で圧勝していることもあり、かなりの実力があると見られる。
夏の予選ではかなりマークがきつくなるだろう。

◆春季九州地区大会決勝
興南
0010000000 =1
0000000011 =2
九州国際大付
【興】島袋
【九】宮崎、納富

ところでこの春の九州大会では選抜出場校は無条件で推薦され、大会に出場
できることになっている。ちょうど選抜甲子園と九州の各県予選の日程が重複
するから、選抜出場校は県予選に参加するのがそもそも難しい。2006年
(平成18年)の春の九州大会では八重山商工が優勝するなど、最近は選抜出場
校(九州大会推薦校)の活躍も見られるようになったが、昭和の頃は九州では
選抜出場校の春の地区大会での不振が目立ち、気迫がないと関係者に苦言を
呈されることもあった。
秋の地区大会で好成績を挙げ選抜を当確としたチームは、選抜に合わせて徹底的
にチームを鍛える。その後の春の大会で再び全力を出す、となれば体力的にも
メンタル面でも、一番肝心な夏の甲子園予選でベストの状態に仕上げるのに影響
してしまうということだろう。だから意識的に調整を遅らせるというと
考えられる。あまり前哨戦では手の内を見せたくないと思うのも無理ないが、
98年に甲子園春夏連覇、公式戦無敗を達成した横浜のような気合の入った
チームがまた出てきてほしいと思うのも確かである。
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