スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2012年高校野球―5

神港学園の山本大貴選手が高校通算最多となる107本塁打を記録しました。
1年夏から4番を経験したスラッガーは1年時に29本、2年時に55本、3年時
に23本の本塁打を打ち、(確認できる範囲で)高校通算本塁打初の100本の
大台に乗せました。2位の記録、伊藤諒介選手、更には5位の横川駿選手も
神港学園の出身です。同校の選手の本塁打量産の理由として、近年チームが取り
組んできたという「タテ振り」。掬い上げるようなアッパースイングに近い
振り(金属バット時代の社会人野球選手にも良く見られました)に取り組んだ
こと、また神港学園のグラウンドが左打者にとって本塁打が出やすい環境で
あったことなどがあげられます。

神港学園グラウンド上空写真



神港学園・山本大、高校通算100号出たぁ!
◆練習試合 星陵5―22神港学園(14日・星陵グラウンド)
神港学園・山本大貴(3年)が14日、神戸市内で行われた練習試合
で前人未到の高校通算100号を放った。星陵高(兵庫)戦に
「4番・左翼」で出場し、7回無死一塁、右翼フェンス後方の林へ消える
メモリアル弾。ついに夢の3ケタに乗せたアーチストは夏の大暴れを誓った。
右翼手が全く動かなかった。12日に王手をかけてから3試合目。白球が
高々と空に舞い上がり、瞬間でそれと分かる完璧な一撃に「いったと思い
ました」と山本大。独特のアッパー打法を指導してきた北原直也部長(32)
も「いい時の打球だった」とうなずいた。1日遅れの母の日の贈り物だ。
女手ひとつで育ててくれた母・幸代さん(48)に前日に感謝の手紙を
渡しており、「100号(のボール)はお母さんにあげると決めています」
とはにかんだ。今は地元の淡路島を離れて姉(30)とおいっ子と明石市内
で3人暮らし。卒業後は家族のためにも社会人野球でのプレーを希望している。
「打率にもこだわって甲子園に出場したい」。9年ぶりの夏切符へ、主砲が
勲章を引っさげてけん引する。
◆山本大貴(やまもと・ひろき)1994年6月27日、兵庫・淡路市生まれ。
17歳。小学2年から仮屋クラブで内野手、外野手として野球を始め、東浦
中軟式野球部では2年時に県3位。神港学園では1年5月から一塁手で起用
され、夏にベンチ入り。2年秋から左翼手。家族は母と姉2人。50メートル
6秒7。遠投90メートル。180センチ、90キロ。右投左打。

2012年5月15日09時38分 スポーツ報知より

■主な高校生の通算本塁打 ※雑誌、webサイトによって誤差あり
本数 選手名 高校 最終学年 卒業後の進路
107 山本大貴 神港学園 2012  
94 伊藤諒介 神港学園 2010 法大
87 中田翔 大阪桐蔭 2007 日本ハム
86 大島裕行 埼玉栄 1999 西武
85 横川駿 神港学園 2011 立命大
83 鈴木健 浦和学院 1987 西武→ヤクルト
  中村剛也 大阪桐蔭 2001 西武
78 田原伸吾 此花学院 1985 明大→熊谷組→TDK→
熊球クラブ
77 谷田成吾 慶応 2011 慶大
75 今井康剛 松山商 1996 明大中退→アスピア学園
森章剛 藤蔭 1997 中日→日本ハム
74 長谷沢勝 埼玉 1993 城西大→REVENGE99
伊奈龍哉 近江 2006 ソフトバンク→逮捕
73 橋本昭 盾津 1998 近大
竹内友宏 東温 2001 九州東海大→JEF東日本
72 山本竜也 久居農林 2001 三重中京大
井村展章 育英 2010 関西メディカルスポーツ
学院
71 大野貴洋 所沢商 1996 横浜→東京ガス
藤嶺典優 相洋 1988 駒大→JR東日本→マル
ユウBC湘南
高橋周平 東海大甲府 2011 中日
70 城島健司 別府大付 1994 ダイエー・ソフトバンク→マリナーズ
→阪神
平田良介 大阪桐蔭 2005 中日
69 阿部和豊 気仙沼向洋 1994 日体大→JR東日本東北
筒香嘉智 横浜 2009 横浜DeNA
68 平尾博司 大宮東 1993 阪神→西武
藤島誠剛 岩陽 1987 日本ハム
66 寺坂知哉 大阪学院
大高
2000 近大→JR東海
吉本亮 九州学院 1998 ダイエー・ソフトバンク→ヤクルト
65 大田泰示 東海大相模 2008 巨人
寺島夢二 丸子修学館 2009 亜大
64 清原和博 PL学園 1985 西武→巨人→オリックス
鈴木将光 遊学館 2005 広島
松本章 興誠 1998 ヤマハ
益子亘 常磐大高 2008 大宮クラブ
62 畠山和洋 専大北上 2000 ヤクルト
中村翔 中京大中京 2005 専大
岡山真澄 桐光学園 2005 中大→佐久コスモスターズ
今宮健太 明豊 2009 ソフトバンク
61 江藤智 関東 1988 広島→巨人→西武
長谷川直人 京都商 1986 佛教大→北陸銀行
山本光将 熊本工 2002 巨人
青山友紀 綾羽 2006 東北福祉大→ミキハウス
60 松井秀喜 星稜 1992 巨人→ヤンキース→エンゼルス
→アスレチックス→レイズ
石井正浩 桐光学園 2001 東海大→西濃運輸
筒井孝 松戸馬橋 1986 日本ハム→プロゴルファー
松田宣浩 中京 2001 亜大→ソフトバンク
中村晃 帝京 2007 ソフトバンク
スポンサーサイト

2012年高校野球―4

夏の大会では予選と甲子園で珍しいプレーがありました。
動画は解説つきです。

◆神奈川県大会1回戦―日大藤沢VS武相の試合
日大藤沢がサヨナラ、三塁ランナーの好判断!

○審判がインフィールドフライを宣告
○野手がボールをダイレクトで取った
○三塁ランナーは一旦三塁に戻り塁を離れた(インプレー)
○タイムが効いていない状況で三塁ランナーがホームイン
 してサヨナラ。

◆選手権大会2回戦―済々黌VS鳴門

◆ルールブックの盲点の1点 明訓VS白新


第4アウト Wikipediaより

2012年高校野球―3

夏の岩手県大会で花巻東の大谷翔平投手(北海道日本ハム)が
準決勝の一関学院戦でアマチュア野球史上最速となる160キロ
をマークしました。大谷は「みちのくのダルビッシュ」と呼ばれ、
193センチの長身、日本人離れした体格でスリークォーターから
投げ込む本格派の右腕。最速160キロの直球にカーブ、スライダー、
チェンジアップも投げる器用さがあり、フィールディングも
うまくメジャーも注目する逸材です。一方でケガに悩まされたり
スタミナに不安を残すなど、比較の対象となる藤浪(阪神)と
比べると勝ち運には恵まれませんでした。打者としての評価も
高く、高校通算56本塁打の長打力で、三冠王を狙えるともいわ
れており、プロ入り後は投打の「二刀流」で育成するという
話も出ています。

◆選抜1回戦―大阪桐蔭戦
打撃でも大器の片鱗を見せました。

◆岩手県大会準決勝― 一関学院戦
前人未到の160キロを記録した試合

◆岩手県大会決勝―盛岡大付
世紀の誤審?

◆夏の甲子園閉会式
いかに注目された選手だったかわかります。「何言ってんだこのハゲ」


2012年高校野球―2

夏の甲子園では桐光学園の左腕・松井裕樹投手が奪三振記録
を次々と塗り替えました。神奈川県大会では準々決勝で
4季連続の甲子園を狙った宿敵・横浜を撃破、46回1/3を
投げて奪三振68の記録(県大会記録)を引っさげて甲子園
にやってきました。体いっぱい使って思い切り腕を振るダイナ
ミックなフォームから140キロを超えるストレートと切れ味
抜群のスライダーで、甲子園初戦・今治西戦では連続10
奪三振を含む22奪三振を記録し、9イニングでの奪三振記録
これまでの19を87年ぶりに更新しました。2回戦の常総
学院戦でも19奪三振を記録しました。3回戦の浦添商戦では、
相手打者が打席の前に立ち曲がり始めのスライダーを狙う
ノーステップ打法に苦戦しましたが、後半直球で押して12
奪三振。準々決勝の光星学院戦では敗れはしたものの15
奪三振で4試合での68奪三振、歴代3位の記録を達成
しました。秋の国体では打ち込まれ選抜出場も逃しました
が、プロスカウトも評価する逸材に夏は注目です。

■夏の地方大会奪三振記録
■甲子園奪三振記録

◆神奈川県大会準々決勝―横浜戦
松井が覚醒した試合

◆選手権1回戦―今治西戦

◆選手権2回戦―常総学院戦

◆選手権3回戦―浦添商戦

◆選手権準々決勝―光星学院


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。